700102


余白としての生徒との対話
プロット3 プロセスのこと
 
***昔ある研究家の人にアストロロジカル マンダラをプレゼントされたことがスタートだったのですね。
 
そうです。その人はいつか必ずこの本を必要とする人が出てくるという確信で2冊買ってあったそうです。そしてあなたがその人だ、と云われました。その時何とも言えない気持ちの良いエネルギーが来て至福を感じたのを覚えています。

これは詩で解明しようとしたのですと言われたのですが、当時は詩が好きなのに詩とは程遠い生活だったので、ンボルの詩を読めることがうれしかった。そのあとルディアーの家を訪ねた時に、同じエネルギーが流れているので驚きました。とても気持ちがよかった。

前の晩に行き方を確認しようとして電話したら、思いがけずルディアーが電話に出たのには興奮しました。まあ、大ファンの心理ですけど。(笑)
 
***ルディアーとはサビアンの話は出たのですか。
 
あまり出ませんでしたね。(笑) 自分があなたの研究を引き継ぐと言いましたが、うなずくだけでした。一筆書いてほしいとと頼んだら、この青年が激しいエネルギーの時代に平安に達することを祈る、と書いてくれました。

自分はこの者は弟子だと書いてほしかったのですが、あとで考えるとこちらの言葉のほうが愛があると思いました。私のオーラを見たのでしょう。ルディアーも徹底した求道者で―アーティストでもあったのですが、当時のオカルティストのドーリルの話になったら、それはどういう人物かと鋭く聞いてくるという具合で、スピリチァルなことのほうに興味がある感じでした。
 
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***やはりアストロロジーやサビアンは、終生の目的というより彼のプロセスであり社会的武装という側面があったのでしょうか。
 
あったのかもしれません。内面的な意味でも時間はどんどん変化しますからね。そのことで思い出すのは、六本木に住んでいた時マンダラを読みながら地下鉄に乗っていたら、前の席にいた外人の青年が立ち上がってきて、「あなたはルディアーを読んでいるのか、ルディアーはバハイで神智学徒ではない」と言ってきたことです。頭のいい人で、そのことには重要な意味がある、と言っていました。

バハイのアブドール・バハは改革回教のリーダーで、10年近くも大便所に幽閉されていて、そのあまりに苦しい環境でキリストの光を見たといわれる人です。ルディアーは晩年そのことを強く称賛していて、自己犠牲とキリストバイブレーションがすべてであると知って、知的オカルトの世界から身を引いたのではないかと考えたことがあります。

彼のオーラはいわゆるアストロロジャーのものではなかったと思います。光が出ていましたから。