直居サビアンの神髄 ー <人間存在の謎を解くアストロロジーは直居サビアンだけです>

2015年04月

703246



シンボルの解釈『究極のサビアン占星学』(魔女の家ブックス刊)を併読してください。

 

エリーズ1度


<テーマ> 過去を捨てる または刷新と犠牲

<シンボル> 海から現れたばかりの女性 アザラシがその女性を抱きしめている

 

このシンボルで大事なのは対抗のリヴラ1度の標本となった蝶であろう。その度数は明らかに聖化を示しているとすれば、このシンボルは聖なる世界からの墜落となる。


また最近の研究ではリヴラ1度は統合度数との関係で、宇宙からの転生者を示すことがあるらしいと分かってきており、それを大略的に捉えると我々全員が他の宇宙から来た者という意味になるかもしれない。


しかしこの度数はゾディアック全体の始まりであることを考えると、仏陀が言ったように、この世界は苦界であることを最初に伝えようとしたとも取れる。


かつては天の蝶であった非肉体の霊が、肉体の女性になってしまうという魔術しかここには存在していないというのだろうか。さらにその女性を、退行のシンボルであるというアザラシが抱いているというのは何を指すのか。


宇宙の高貴な存在であり、世界の母の光を内包しながら羊水の存在となったこの星の女性への慟哭なのだろうか。いや、ぎりぎりの祝福であるかもしれない。海は象徴としては羊水であるというシュールな連想を使えば、我々は不可視の羊水で滅亡するイメージも湧いてくる。


これは過去の地球の墓碑のようになるのではないか。
 

700125


エリーズ2度


<テーマ> 現実からの拘束

<シンボル> コメディアンが人間特有の性質を演じてみせる

 

宇宙全体から見れば―といってそれは物質宇宙ではないのだが、我々はナンセンスなことばかりしている存在であり、本当は我々の内なる宇宙人はそれを笑い飛ばしているのだが、それは我々には聞こえない。


だから我々はリアリストとして生きるしかなくなる。知的に考えて何も得られぬまま死ぬ。最後には突然笑う者もいるのかもしれない。その人には臨終の間際に、リヴラ1度の蝶が飛ぶのが見えるかもしれない。ほんの一瞬!



703908


 
***17年22年と危機が迫っている中でのあなたのコンセプトというのは結局何なのでしょうか。あなたは走水の合同セミナーでは占星術の研究をもうやめよと言ったのですが(笑)それは古典占星術のことなのですか?
 
まあそうかもしれませんね(笑) しかし古典を下敷きにしたサビアンなら同じかもしれませんね。何が起きるかを追っても仕方がないサイクルですから。個人のカルマを凌駕することが起きるはずですから。コンセプトに関する質問に答えれば、子供のように夢と希望をもつことに役立てるものならやってもいいかな、ということになるのでしょうか。
 
***しかしそれだとアストロロジーの本来の位置づけから逸れて、文学的なものになってしまうのではないですか。あなたは実に多くの法則をサビアンを使って発見されてきたのに、なぜそれを公開しないのですか。輪廻はもう終わるので意味はないのですか。
 
輪廻の終わり、またはその最終ということでいえば、この体系は総括としての意味をもつことは確かです。たとえば最愛の息子に死なれた母親がいるのですが、この人のドラコニックチヤートには死というテーマが設定されている。しかし子供が死ぬ前にそれを知ったら、半狂乱になるでしょう。
 
カルマ的法則の公開は今もって避けるべきではないかと思います。現在の我々の進化種はまだ四次元法則の消化は無理なのです。
 face1
 撮影 沢渡朔 


***では前からあなたが言ってきたように、ハイラーキーと呼ばれる同胞団は当たらないもの、曖昧なものしか教えてこなかったというのが正しいのですね。
 
目隠しされたままの創造がテーマだったのでしょうね、予知レベルのことでいえば、いやネイタルなどすべてがそうだったのでしょう。ただ現象的予知ではない心理的なものはまだ機能する部分があるのかもしれません。
 
しかしその場合は時間軸を過去に振ったほうがよいと思います。前世の探究のようなこと。そこから自己の波動を再構築するというのはどうですか。我々が使えるエネルギーは我々の過去からしか来ないということです。
 
***それだと解放よりむしろ拘束になりませんか。そうするとまた占い世界に戻りかねないと思いますが。
 
予知という世界を自我ですべて掌握するのは不可能です。それに現象の問題は操作されるということもありますし、起きるか起きないかは6カ月前に決めると言っていきましたから、完全に当たるものなどないですし、予知されると変えてしまう場合もあります。
 
しかしこの不可解さのなかで予知する面白さがあったから占いが存在してきたことは認めますが、危機サイクルに入りだしたら予知に関してはもう占うことはない、と思います。結論は自我世界に留まってはいられないことではないですか。でもそんなことはとてもできないのです。そのテーマは次の進化種のテーマですから。 



↑このページのトップヘ